解呪シーンその5:シヅル、解呪失敗
<シチュエーション>
偶然、ダーデン(=『オレ』)はシヅルが解呪に失敗している場面に出くわす。シヅルは彼女自身が召還した魔物たちに襲いかかられていた。
シヅルはセルシア姫の呪いを解こうと、餓鬼を召還する。しかし、コントロールに失敗して、餓鬼どもに襲われてしまう。
ダーデンは魔法をつかって、餓鬼を退治して、シヅルを助けるのだが………
………
(シヅルに会いたいな。)
不意に、そんな思いがわきあがっきた。
宮殿のアチコチを歩き回ったが、シヅルの姿はどこにも見つけられなかった。
たまたま通りがかった女官に尋ねると、
との返事だった。
(まだ解呪が終わっていないのか? 随分、時間がかかってるんだな………)
不穏な胸騒ぎがして、早足で、魔法部屋へ向かった。
魔法部屋の前にやって来た。ドアに耳をつけて、なかの様子をうかがった。
いきなり部屋に入るのはためらわれた。
(おそらくシヅルだって、解呪の最中に、同業者のオレに部屋に入られることを望まないだろう。解呪屋には、各々、誰にも知られたくない『企業秘密』があって当然だしな。)
しかし、どうやら、そんなことも言っていられないようだった。
| 【セルシア】 |
「キャッ! わっ、わー。シヅルさん、だ、だいじょうぶ!?」 |
| 【シヅル】 |
「チッ! しまった………コラッ! 離れるんだ!」 |
| 【???】 |
「キキキ………」 |
セルシアの悲鳴がきこえる。
そして、奇怪な笑い声も。
オレはドアを開けて、魔法部屋に踏みこんだ。
| 【セルシア】 |
「あっ! ダーデン?! シヅルさんを助けて」 |
| 【ダーデン】 |
「よしっ、わかった!」 |
| 【シヅル】 |
「よけいなお世話だ。手助けなど頼まぬっ!」 |
| 【ダーデン】 |
「でも、今は、そんなこと言っている状況じゃないだろ!?」 |
そう言って、オレは腕めがけて跳びかかってきた餓鬼をふりほどいた。
餓鬼は壁にたたきつけられて、ググゲッと悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。
(餓鬼は生命力も腕力もたいしたことない魔物だ。一匹や二匹なら容易にしとめられる………)
だが、集団で襲いかかってくるとなると、話は別だった。
シヅルの身体に何匹もの餓鬼がたかっていた。
全部で、20数匹はいるだろうか?
| 【シヅル】 |
「離れろ! 離れろと言っているのが、わからないのか、コラッ!!」 |
シヅルは餓鬼を身体からひきはがすと、チカラ任せに放り投げていた。
しかし、それでも、次から次へと、新手がやってきては、彼女の身体にむさぼりついた。するどい爪で服を引き裂き、あらわになった肌に吸いつく。
(餓鬼という魔物は名前のとおり、あらゆる欲に飢えている。当然、色欲にも………)
ジュルジュル………
ズル、ズル、ズル………
| 【シヅル】 |
「クッ………コラッ! 止めぬか………ア、ウンッ」 |
一匹の餓鬼はシヅルの豊かな胸にくらいつき、舌を這わせていた。
またべつの餓鬼は、彼女の股間に顔をうずめていた。餓鬼の口もとから、水っぽい音が聞こえてくる。
シヅルは気丈にも、冷静に対処しようとしているようだが、どうにも手に負えないようだった。
| 【シヅル】 |
「手助けなどいらん。コレは、わたしの解呪だ。とっとと、立ち去らぬかっ!」 |
シヅルは叱責の声をとばすが、オレは彼女の言うことをきく気は毛頭なかった。
| 【ダーデン】 |
「シヅル、目を閉じるんだっ!」 |
| 【シヅル】 |
「えっ!?」 |
| 【ダーデン】 |
「閃光っ!」 |
まばゆい閃光がはしった。
餓鬼たちは目くらましを食って、たまらず、その場にしゃがみこむ。
そのスキにオレはシヅルに駆け寄ると、彼女を抱き上げた。
(意外と軽いな。)
一足飛びにジャンプして、たちまち、餓鬼の群れから距離をとった。
| 【ダーデン】 |
「あの餓鬼どもは、シヅルが召還したのか?」 |
腕のなかのシヅルに聞く。
| 【シヅル】 |
「あぁ、そうだ。しかし、操縦に失敗して………勝手に暴れだしたんだ」 |
(どうせ、魔物を召還して、呪いの本体と闘わせようとしたんだろう。)
だが、餓鬼ではどんなに数を集めたとしても、力不足に思えた。
| 【ダーデン】 |
「魔物は召還するよりも、コントロールするほうが難しいんだ」 |
魔法学の常識だった。
シヅルは悔しそうに、唇を噛んだ。
| 【ダーデン】 |
「餓鬼ども………あのまま放っておくワケにもいかないな。消滅させるぞ?」 |
| 【シヅル】 |
「あぁ………」 |
オレはセルシアを探した………いた。
(さすがのセルシア姫も、魔物相手ではカタナシか。)
セルシアは部屋の隅で、凍りついたように立ちつくしていた。顔を青くして、ブルブルふるえていた。
| 【ダーデン】 |
「セルシア姫! そこを動くなよっ。しばらく、ジッとしてろ!!」 |
| 【セルシア】 |
「た、頼まれたって、動かないわよ! そ、それより、ダーデン! あ、あの魔物たちをな、なんとかしなさいよ!!」 |
(こんな状況でも、口だけは減らないのは、感心するというか、なんというか………)
| 【ダーデン】 |
「わかってる! 今から餓鬼どもを魔界に送り返してやる」 |
オレは呪文を唱えはじめた。
| 【ダーデン】 |
「………魔界の門よ、開き給え! 開門っ!!」 |
魔方陣の真上、宙空に、ポッカリと黒い穴が開いた。
魔界へとつづく、異次元をつなぐ穴だった。
| 【餓鬼A】 |
「グエグェ………」 |
| 【餓鬼B】 |
「キキキ………!」 |
たちまち、餓鬼どもは突風に吹かれたように、身体を舞い上がらせて、次々に穴に吸いこまれていく。
魔法部屋から餓鬼の姿がなくなると、満腹した穴はスーッと口を閉じて、かき消えてしまった。
オレは深々と、息を吐きだした。
安心して気が抜けてしまったのか、セルシアはヘナヘナとその場にすわりこんでしまった。
オレは抱え上げていたシヅルを下ろした。
シヅルは床に足をつけると、表情を隠すように、クルリと背を向けた。
| 【シヅル】 |
「礼は言わない。………ダーデン殿が勝手にやったことだ」 |
| 【ダーデン】 |
「そうだな………そのとおりだ」 |
| 【シヅル】 |
「………」 |
そうして、無言で部屋を出て行こうとするシヅル。
しかし、オレは彼女を引きとめた。
そう言って、自分のマントを肩から外すと、フワッと背後から、シヅルの肩にかけた。
| 【ダーデン】 |
「そんな格好で出歩くワケにもいかないだろ? マントを貸してやるよ」 |
シヅルの服はあちこち破けて、半裸に近かった。そのことにはじめて気づいたように、彼女はあわててマントをかき寄せて、全身を覆い隠すようにした。
シヅルはわずかにうつむいて、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの、小さな声でささやいた。
バタン。ドアが閉まる。シヅルは足ばやに部屋をあとにした。
………